連載「薬局、薬剤師を取り巻く環境変化」vol.1
医療経済研究機構客員研究員(東京理科大学経営学部教授)坂巻 弘之
はじめに
平成27年度は、薬局に対する批判や議論で盛り上がった年であったと言える。発端は、大手マスコミによる薬歴未記載や"無資格調剤”であった。また、規制改革会議などでも、医薬分業の意義を疑問視する議論も盛んに行われた。
こうした議論もあって、平成27年9月には『健康サポート薬局のあり方について』が、同10月には『患者のための薬局ビジョン』が、それぞれ厚生労働省から公表された。
また、平成28年の診療報酬・調剤報酬改定も、これらの報告書を踏まえるものとなっている。
本連載では、薬局に限定せず、医療や介護制度などに関わる国内での議論、医療費、海外との制度比較などをもとに薬局、薬剤師を取り巻く環境変化について考察していきたい。
医療費の動向と医療費を見る視点~費用に見合う価値
日本で1年間に傷病の治療等に使った金額を示す国民医療費は、平成25年度に初めて40兆円を超え、40兆610億円(対前年度比8,493億円、2.2%増)となった。このうち、薬局で使われた調剤医療費は7兆1,118億円(医療費に占める割合7.8%)であり、対前年度比6.0%の増加と医療費全体の伸び2.2%や、医科医療費の伸び1.5%に比べてもはるかに高い。
平成25年度のGDPの伸びが1.8%であったので、医薬分業の進展が背景にあるとはいえ、調剤医療費の伸びの著しさを感じる。
さて、医療費の伸びはどのように考えるべきなのであろうか。一般に医療費については、以下の式で説明されるとされている。
E = R = I
E=国民医療費(Expenditure)
R=医療費をまかなうための財源の総額(Revenue)
I=医療機関、薬局の収入の総額(Income)
すなわち、医療費をまかなうための財源は、わが国では社会保険料と税金および患者の窓口負担金であり、医療費の増加は何らかの形で国民の負担を招くことを意味する。
一方、国民医療費は、見方を変えると日本全体の医療機関、薬局の保険医療・調剤(全額自費も含む)による収入の総額を意味する。従って、医療費の増加は(どう配分されているかはともかく)医療機関、薬局の収入増を意味する。医療提供者にとっては、医療費の無駄を排除したとしても、質の高い医療を継続的に提供するためには、ある程度の医療費の増加が必要であるということになる。
ただし、国民にとってみれば、何らかの形で国民が負担している医療費の増加は、その負担に見合うだけの質の向上に伴っているかが関心をもたれることになる。
先進各国の多くが経済低迷に直面しているが、経済低迷でも、高齢化や医療技術の進展等により医療費の増加は進むざるを得ないとされるが、重要なことは、費用増に見合う医療の質の向上が得られているかが重要とされ、こうした考え方は「費用に見合う価値(Value for Money; VFM)」と呼ばれている。
医薬分業の期待効果
先に述べたように、調剤医療費の伸びは経済全体あるいは、医療費総額の伸びを大きく超えている。この傾向は、医薬分業が進んだ1990年代以降続いている。調剤医療費のうちの薬剤費部分は、院内処方であっても同じであったかもしれないが、薬局の技術料部分の増加は医薬分業に起因している。これが国民からみた時に、費用に見合う価値が生み出されたと言えるのだろうか。
調剤報酬の設定や改定は厚労省により決定されていると言うことができるが、医療の質に対する説明責任は医療現場の人間が負うべきである。平成27年3月12日の規制改革会議公開ディスカッションにおける「規制改革会議推進室提出資料」では、国民の約6割が「調剤報酬でかかる点数に比べ、薬局で受けられるサービスは妥当ではない」と考えているとの結果が示されている。
医薬分業の推進が議論された1980年代には、医薬分業の期待効果として、■医師の処方の自由度の向上(医療機関の在庫にとらわれない)■薬局薬剤師からの情報提供による患者の知識と理解■かかりつけ薬局による一元管理による重複投与・過剰投与の回避■かかりつけ薬局による薬歴管理とそれによる副作用・相互作用などのリスク回避 ――などが挙げられていたが、これらの期待効果は現在もあまり変化していないように感ずる。
近年の医薬分業への批判は、これらの期待効果が実現していないことに対する批判視でもあったろうし、さらに進んで「薬局、薬剤師が何をすべきなのか」「何ができるの」かを明示してこなかったことの問題とも言える。
費用に見合う価値をどのように示すか等の議論は今後議論するとして、調剤報酬の伸びに対して、薬局、薬剤師は、その業務の費用に見合う価値という考え方を常に念頭に置くべきである。
以降、第2回「平成28年度調剤報酬を考える」、第3回「医療計画と薬局、薬剤師の需給」、第4回「地域包括ケアシステムと薬局」、第5回「かかりつけ薬剤師・薬局について考える」、第6回「ジェネリック医薬品使用促進」――を報告していく。
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