デジタルヘルスの考察について
ヘルスケアコンサルティング 研究員 the_ujin
デジタルヘルス......。
「デジタル」も「ヘルス」も普段よく耳にする言葉なので、何となくわかったような気になっていましたが、いざ人に説明するとなると難しいものです。
デジタルはアナログの反対。さっと思いつくデジタルとアナログの対比は「新しい」と「古い」、「早い」と「遅い」、「冷たい」と「温かい」のようなイメージでしょうか?
そもそも「デジタル」すら具体的に説明できないことに気づいてしまいました。
大辞林(三省堂)によると、デジタルとは「物質・システムなどの状態を、離散的な数字・文字などの信号によって表現する方式」とあります。一方、アナログとは「物質・システムなどの状態を連続的に変化する物理量によって表現すること」と書かれています。
日本映像ソフト協会のビデオ用語集にある説明では、以下のようになっています。
「日常身の回りに存在する音や映像はアナログ(量)として扱われるが、これを記録したり伝達したりする手段としてデジタル(数)に置き替えて処理することによって多くのメリットが得られる。デジタルの語源"ディジット(dijit)”は指の意味であり、"指折り数える”と訳され数そのものを表現しており、アナログは量を表している」(図表1:情報機器と情報社会の仕組み・素材特集より)。
図表1"情報機器と情報社会の仕組み・素材特集”より
※ アナログとディジタルの違い(情報を、コップに注いだ水の量などの物理量で表現することをアナログといいます。これに対して、情報を数値化して表現したのがディジタルです。自然界の量を、数値で厳密に表現しようとすれば、無限の桁数が必要ですが、必ず「少数点以下3桁で四捨五入」あるいは「切り捨て」といったような丸めが行われます。このため、ディジタルデータをグラフに描くと、段階的でギザギザな形になります)
アナログとデジタルは「連続」と「不連続」、「量」と「文字・数」と対比でき、記録や伝達にはデジタル化する手段が有効なようです。
デジタルとヘルスが一体になることで、医療・健康・介護の分野へ情報通信技術が応用されることのメリットが明確になったように感じます。
それでは「デジタルヘルス」はどう定義されるのでしょうか?
Digital Health groupの創設者であるPaul Sonnierは、デジタルヘルスを以下のように定義しています。
「デジタルヘルスとは、健康、医療、生活そして社会を伴う、デジタルとゲノム革命の集約である。私たちは目にし、経験してはいるが、デジタルヘルスは、自分たちや家族の健康の経過、管理そして改善と、よりよく生産的な人生、社会の改善をもたらすものである。それはまた、医療の効率化、アクセスの改善、経費節減、品質向上、そしてより個別化され適正な治療も支えます」。
とても広義なものですが、一般的には明確な定義はないのが現状です。イメージを深めるものとして、米国の情報コンサルティング企業nuviunがデジタルヘルスとその周囲の概念を俯瞰した図表を作成しています(図表2"nuviun”)。
図表2"nuviun”
さらにデジタルヘルスは下位の専門性を包含しています。
* Telemedicine(遠隔医療)
* ehealth (eヘルス)
* mobile health (mhealth)(モバイルヘルス)
* Electronic Medical Record / Electronic Health Record (EMR/EHR) 電子カルテ(電子医療記録)/電子健康記録(生涯医療記録)
* Personal Genomics(個別遺伝子)
* Big Data(ビッグデータ)
* Health IT(ヘルスIT)
実はここに列挙されたほとんどが、明確な定義がないまま各機能はリンクしています。
例えば、これまでも遠隔医療は議論されていましたが、通信手段にインターネットを基盤とした医療・保健・福祉などの情報サービスはeヘルスと言います。その端末に移動や持ち運び可能なものを活用した医療行為や診療サポート行為をモバイルヘルスと称され、この過程で取得された健康情報全般をEHR(Electric Health Record:生涯健康記録)と呼んでいます。
今後、母子検診、学校健診、介護レセプトなどのライフコースデータも電子化されると、まさに生涯にわたるライフログが記録され、疾病リスクの将来予測なども可能になります。
先進諸国では人口の高齢化が進み、ますます医療資源(ヒト・モノ・カネ)が必要になります。
特に日本では高齢化に加え、少子化、人口減少にあることから、現状のままではいずれの医療資源も需要過多になることは容易に想像されます。まさに重症化予防、未病化といった健康長寿延伸の主眼もそこに置かれているわけです。
一方、社会経済的背景では、情報のデジタル化、ICT、近年ではAIやロボット技術の急伸が著しく、医療資源を補完する期待としても医療・健康・介護への応用が検討されています。
コンサルティング会社ローランド・ベルガーのレポートによると、デジタルヘルスの世界市場は2020年までに1,000億ドル規模になると報告されており、ほぼ現在の世界医薬品市場と同等の規模になります。
日本がこの分野で世界に先駆けてリードできれば、現状の先進諸国や近い将来高齢化となる国々へ競争優位に立てるという機会もあります。
図表3(ローランド・ベルガー)
図表4"総務省 情報通信白書2015”より
これまで医療におけるテクノロジーは、医療機関を中心に展開されてきましたが、デジタルヘルスの登場によって、個人の関わりが増えていきます。
電子お薬手帳などの処方履歴、加えてモバイルやアプリを通してユーザー自身の活動系、バイタル系データなども蓄積されていきます。このような個々のデータ(PHR:Personal Health Record)を自身で管理できるようになります。
エビデンス(科学的根拠)の基盤となる臨床試験では、主に数十人から数百人単位の被験者をスクリーニングし、設定された条件下で実施されます。
デジタルヘルスで取得される膨大な各種データの分析で、より臨床実態下を反映した結果は、地域、年齢、性差など属性でより分析可能になるはずです。
現在、各学会で発表される治療・診断のガイドラインや、検査結果の正常値なども変わってくるかもしれません。
データに基づくベンチマーキングなど可能になると、効果的な個別化医療(Personalized Medicine)がより鮮明になってきます。
デジタルヘルスの期待と共に顕在化されている課題もいくつかあります。主なものに4つを挙げられます。
* 直接的な治療アウトカム
* マネタイズ(収益化)
* 法規制や標準化などの環境整備
* ステークホルダーの多様性
疾患治療の代表的なものをいくつかあげると、薬物療法、手術療法、精神療法、理学療法、運動療法などがあります。
デジタルヘルス単体では、残念ながら今のところ直接治療アウトカムを期待することはできず、診断支援、治療支援といった医療行為の質を高める支援機能が主です。
デジタルヘルスが治療上必要不可欠で、優位差を持った有効性の根拠がなければ、コアの医療オプションにはなれません。
コアの医療オプションになれず、医療保険が適用されなければ、私たちは安価なクスリと高価なデジタルヘルスを選択することになります。まさにローランド・ベルガーやA.T.カーニーなどコンサルティング会社のデジタルヘルスに関するレポートで共通している指摘が、このマネタイズ(収益化)です。
デジタルイノベーションが新たに医療オプションとして加わるとき、現状の医療、医薬品、医療機器などの法規制で対応できるのでしょうか?
法規制もグローバルの地域、国々で異なるので、スムーズな海外導出まで見込んだ設計が必要です。また、デジタル化された膨大な医療・健康データがリンクしていけるよう標準化も視野に入れた開発が求められます。
生命や健康にかかわるヘルスケアのエリアは、製造販売と消費者という単純な構図ではなく、検査、診断、治療、介護といったプロセスに加え、家族、行政、アカデミアなど多様なステークホルダー、複雑な要素と仕組みから構成されます。診療報酬制度をはじめとする日本の医療制度は、この業界に身を置く当事者にも難解なシステムです。
このエリアに初めて参入するプレイヤーにとって、イノベーティブな技術だけで、医療の多様なステークホルダー、複雑な要素と仕組みを理解し調整していかなければ、コアな医療オプションとして組み込まれることは困難です。
前号でも触れたように、まだヘルスケアに参入間もないIT企業は、製薬企業と業務提携するなどしてノウハウを共有やイノベーションの創出に着手しています。今年に入って、モバイルアプリやロボットスーツが保険適用として承認されました。
この事象は、ヘルスケアへあらゆるテクノロジーが繋がり始めるのにそう時間はかからない、と言う兆候であることは間違いなさそうです。
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