新連載「世界の薬学教育の現状とこれから」
城西国際大学薬学部 山村 重雄
みなさん、こんにちは、山村と申します。しばらくの間、定期的にこのコラムで薬学教育に関するトピックスを掲載していくことになりました。よろしくお願いいたします。
さて、なぜいま"薬学教育”なのでしょうか ?
皆さんご存知の通り、日本の薬学教育が4年制から6年制となり、6年制教育では薬剤師教育に力を注いでいます。しかし、大学教員の多くはサイエンスを志向してきた人が多く、実務の理解が不十分なこともあるようです。
一方、実務を担当する大学教員の中には「実務とサイエンスは異なる」との認識から、サイエンスに近づかない人もいるようです。
これは、大学中の話に限りません。薬剤師として働いている先生方にも、サイエンスといえば大学時代に学んだ化学中心の授業を思い出して、「大学の教育は実務にあまり役に立たなかった」とお考えの方も多いのではないでしょうか。「実務は働いてからたたき上げながら身につけるものだ」とお考えの薬剤師の先生もいらっしゃるかもしれません。
いま、"かかりつけ薬剤師”をはじめとする薬剤師の周りの環境の変化を考えると、5年後、10年後の薬剤師の職能を考えながら、いまの教育(大学、卒後も含め)を考える必要があると思います。 薬剤師教育の中ではサイエンス教育と実務教育は教育の両輪であって、どちらかが欠けても力のある薬剤師を排出することはできません。
残念ながら、さまざまな点でサイエンス教育と実務教育はうまく融合できていないようにも感じられます。
これは日本の中だけの問題ではなく、世界の薬学教育者(もちろん教育に携わっている薬剤師の先生も含まれます)の多くもまた、薬学の中でサイエンス教育と実務教育をどうやったら両立できるかを模索しています。
このコラムでは、日本や各国で行われている、あるいは行われてきた、さらにはこれから行われようとしている薬学教育に関するさまざまな内容を取り上げて皆さんに情報を提供していきたいと思います。
最初である今回は、世界の薬学教育を考えている組織をご紹介したいと思います。
2015年デュッセルドルフで開催されたFIPに参加した筆者
『International Pharmaceutical Federation(FIP)』をご存知でしょうか?
日本語では『国際薬剤師・薬学連合国際』と言われます。 FIP(国際薬学連合)は1912年に創設された世界中の薬剤師や薬学関連の連合体で、現在132の加盟団体で構成されています。
FIPはWHO(世界保健機関)とも密接な関わりを保ちながら、世界の300万人の薬剤師、薬科学者(薬学の基礎研究者)を代表する団体です。
日本からは、日本薬剤師会、日本病院薬剤師会、日本薬剤学会、日本薬学会の4団体が加盟しています。参加者は、薬科学者と実務薬剤師が中心ですが、どちらかといえば実務に携わっている参加者が多いのが特徴かもしれません。
FIPは、薬学教育を担当しているサイエンスの人と実務の人が一緒に集える会議とも言えます。
FIPの中には、大きく2つの部門があり、BPS(Board of Pharmaceutical Sciences:主に薬学のサイエンス部門)とBPP(Board of Pharmaceutical Practice:薬剤師による実務を取り扱う部門)に分かれています。
FIPでは、自らの任務として「薬剤師実務と薬科学を進歩させることで、世界の保健衛生を向上させること」を掲げています。
近年、世の中の急速な進歩に対応しつつ、この任務に対応するため「教育」の改革が必要であると考えて、FIP2020ビジョンに「薬学・薬科学教育におけるFIPの役割を高める」ことが目標として掲げられました。
このような背景もあって、数年前までのFIPは、薬学教育に関わる参加者は多くありませんでしたが、ここ数年は薬学教育者の参加も増えてきています。そのためFIPは、薬学のサイエンス、実務、教育の全体をカバーする学会と発展してきています。
薬学教育の中でサイエンスと実務を融合するという命題は日本だけでなく、世界の命題でもあるのです。
それでは、FIPの中の教育部門についてご紹介しましょう。
FIPの教育部門の中で中心的に活動しているのがFIPEdという組織です。FIPEdには、教育に関わる国レベルの組織、教育を提供する学術機関、教育と研究に携わる個人が参加しており、AIM(Academic Institutional Membership)、Pharmacy Education TaskforceそしてFIPのAcademic Sectionからなる組織です。
FIPEdは、薬科学者(サイエンティスト)と実務薬剤師の代表者が参加して運営されている点で、FIPの中でも特別な組織となっており、世界的な視野で薬学教育を取り扱っています。 FIPEdでは、薬局や薬剤師にまつわる労働力の調査をしています。その結果を紹介します。
それでは、世界中で何人の薬剤師がいるでしょうか?
2012年にFIPEdが中心になって調査した結果、回答した76カ国の平均は人口1万人当たり6.02人でした。日本は約22人で、世界で2位でした。1位はマルタでしたが、人口が非常に少ないために薬剤師密度が高くなっていると考えられますので、日本が事実上最も薬剤師密度が高い国と考えてもよいでしょう。
薬剤師密度として見た場合、日本は世界の中でやや特異な国です。ちなみに、日本の次は、ヨルダン、エジプト、台湾の順番です。ここまで、人口1万人当たりの薬剤師数が15人以上です。
それでは、薬学教育を担う薬科大学はいくつくらいあるでしょうか?
ご存じの通り、日本では薬学部、薬科大学は国公私立大学を合わせて74あります。世界で4位(中国と同じ数)です。
もっとも薬科大学の数が多いのはインドで、なんと1026! 日本でも薬科大学が多いと言われますが、インドの人口が日本の10倍としてもさらに多くの薬科大学があることになります。次いでブラジルの417、アメリカの129と続きます。国の間で教育事情は大きく異なっていることが分かります。
薬科大学に平均何人くらいの学生がいるかの統計もあります。
その統計では日本は一学年120人くらいになっていますが、実際はもう少し多いように思います。
1番多いのはエジプトで、1学年平均480人もいるそうです。平均は1学年当たり71名だそうです。十分な職能教育にはそれくらいの人数に絞った方がよいのかもしれませんね。
各国において薬剤師になるための薬学教育の年限も異なります。
日本では6年の大学教育を終了して薬剤師国家試験に合格すれば薬剤師として働くことができます。
しかし、多くの国では、大学を卒業してから一定期間の実務経験をした後に薬剤師として登録されるのが一般的です。例えばオランダでは、6年の大学教育の後、2年間の実務経験をして薬剤師となります。大学での教育とともに実務経験が重要視されていることが分かります。
今回は、薬学教育を世界レベルで議論しているFIPの組織を紹介しました。引き続き、世界の薬学教育事情を紹介してきたいと思います。
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